ハレの日という言葉は、
特別な日のことだと思われがちです。
結婚式や成人式のような、
華やかな場面を思い浮かべる人も多いでしょう。
けれど、わたしは思うのです。
ハレの日は、
拍手喝采の中にあるとは限らない。
誰にも気づかれずに、
静かに決意した日もまた、
ひとつのハレなのではないかと。
結婚を決めた日。
退職届を書いた日。
これまでを振り返り、
「ここまで来た」と自分に言えた日。
人生には、
目に見えない“区切り”がいくつもあります。
その区切りに、
名前をつけてあげること。
それが、ハレの日なのだと思います。
ハレとケ ― 日本の時間の感覚
日本には、
ハレとケという考え方があります。
ハレの日とは、
日本文化において日常(ケ)に対する非日常を指す言葉です。
ハレは非日常。
ケは日常。
お正月や七五三のような特別な日はハレ。
普段の暮らしはケ。
けれど本当は、
ハレはケの延長線上にあります。
毎日を積み重ねた先に、
節目が生まれる。
だからハレの日は、
日常を否定する日ではなく、
日常を抱きしめる日なのかもしれません。
人生のハレの日
ハレの日は、
祝福される日だけではありません。
結婚というハレ。
出産というハレ。
還暦というハレ。
定年というハレ。
そして、
転職を決めた日。
引っ越しをした日。
ひとりで生きていくと決めた日。
覚悟のいる選択もまた、
人生のハレの日です。
それは派手ではなくても、
確実に心が動いた日。
なぜ、祝うのか
人は忙しい。
次へ、次へと進んでいく。
けれど、節目で立ち止まり、
「ここまで来た」と認めることは、
思っている以上に大切です。
祝うという行為は、
自分を承認すること。
過去を否定せず、
未来に進むための静かな儀式。
だからハレの日は、
誰かに見せるためのものではなく、
自分のためにあるのです。
これから、この場所で
このサイトでは、
人生のさまざまなハレの日を
ひとつずつ丁寧に扱っていきます。
結婚というハレ。
還暦というハレ。
定年というハレ。
その日をどう迎え、
どう整え、
どう祝うのか。
華やかな方法だけでなく、
静かな迎え方も含めて。
人生の途中に灯る、小さな光を、
自分の手で確かめられる場所にしたい。
私はそう思うのです。